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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)2176号 判決 1996年6月18日

上告人 北川美加

被上告人 八代明子

主文

原判決中、上告人の敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人○○の上告理由第二について

一  本件訴訟は、被上告人がその夫八代譲次と肉体関係を持った上告人に対し損害賠償を求め、上告人がこれを権利の濫用に当たるなどと主張して争うものである。原審の確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

1  被上告人と譲次とは昭和59年1月16日に婚姻の届出をした夫婦であり、同年5月20日に長女が、同61年6月7日に長男が出生した。

2  上告人は、昭和45年11月21日に北川義則と婚姻の届出をし、同46年8月27日に長女をもうけたが、同61年4月25日に離婚の届出をした。上告人は、離婚の届出に先立つ同60年10月ころから居酒屋「喜多やん」の営業をして生計をたて、同62年5月ころには自宅の土地建物を取得し、義則から長女を引き取って養育を始めた。

3  譲次は、昭和63年10月ころ初めて客として「喜多やん」に来、やがて毎週1度は来店するようになったが、平成元年10月ころから同2年3月ころまでは来店しなくなった。この間、譲次は、月に1週間程度しか自宅には戻らず、「喜多やん」の2階にあるスナックのホステスと半同棲の生活をしていた。

4  被上告人は、譲次が「喜多やん」に来店しなくなったころから毎晩のように来店するようになり、上告人に対し、譲次が他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし、平成2年9月初めころには、「譲次との夫婦仲は冷めており、平成3年1月に被上告人の兄の結婚式が終わったら離婚する。」と話した。

5  譲次は、平成2年9月6日に上告人をモーテルに誘ったが、翌7日以降毎日のように「喜多やん」に来店し、「本気に考えているのはお前だけだ。付き合ってほしい。真剣に考えている。妻も別れることを望んでいる。」などと言って、上告人を口説くようになった。

6  上告人は、当初譲次を単なる常連客としてしかみていなかったが、毎日のように口説かれた上、膵臓の病気になって精神的に落ち込んでいたこともあって、譲次に心が傾いていたところ、平成2年9月20日、病院で待ち伏せていた譲次から、「妻とは別れる。それはお前の責任ではない。俺たち夫婦の問題だから心配することはない。俺と一緒になってほしい。」と言われ、また、病気のことにつき「一緒に治して行こう。お前は一生懸命に病気を治せばよい。」などと言われたため、その言葉を信じ、同日、譲次と肉体関係を持った。

7  上告人は、その後も譲次と肉体関係を持ったが、平成2年10月初めころ、譲次から、「妻が別れることを承知した。妻は○○に家を捜して住むので、自分たちは○△のアパートに住もう。」などと結婚の申込みをされたため、譲次と結婚する決心をし、長女の賛成を得て譲次の申込みを承諾した。譲次は、上告人に対し、被上告人が○○に引っ越す同年12月ころには入籍すると約束した。

8  譲次は、平成2年10月10日から11月24日までの間に、上告人の結婚相手としてその母、長女及び姉妹らと会ったりしたのに、被上告人との間で離婚に向けての話し合いなどは全くしなかった。一方、上告人は、譲次の希望を受けて、自宅の土地建物を売却することとし、長女のためのアパートを捜すなど譲次との結婚生活の準備をしていた。

9  平成2年12月1日、被上告人に譲次と上告人との関係が発覚し、上告人と被上告人は、同日午前7時半ころから翌2日午後2時ころまで被上告人宅で話し合った。その際、上告人において譲次が被上告人と離婚して上告人と婚姻すると約束したため譲次と肉体関係を持つようになった経緯を説明したところ、被上告人が「慰謝料として500万円もらう。500万円さえもらったら、うちのジョウくんあげるわ。うちのジョウくんはママ引っ掛けるのなんかわけはないわ。」などと言ったため、上告人は、譲次に騙されていたと感じた。

10  上告人、被上告人及び譲次の3人は、平成2年12月2日午後8時半ころから翌3日午前零時ころまで話し合った。被上告人は、譲次に対して子の養育料や慰謝料を要求し、上告人に対して慰謝料500万円を要求したが、譲次は、被上告人の好きなようにせよとの態度であり、上告人は、終始沈黙していた。

11  譲次は、平成2年12月3日午後10時ころ「喜多やん」に来店し、他の客が帰って2人きりになると、上告人に対し、被上告人に500万円を支払うよう要求し、上告人がこれを拒否すると、胸ぐらをつかみ、両手で首を絞めつけ、腹を拳で殴ったりなどの暴行を加えたが、翌4日午前3時ころ上告人の体が冷たくなり、顔も真っ青になると、驚いて逃走した。

12  被上告人は、平成2年12月6日午後10時ころ「喜多やん」に来店し、上告人に対し、他の客の面前で「お前、男欲しかったんか。500万言うてん、まだ、持ってけえへんのか。」と言って、怒鳴ったりした。また、被上告人は、同月9日午後4時ころ電話で500万円を要求した上、午後4時20分ころ来店し、満席の客の面前で怒鳴って嫌がらせを始め、譲次も、午後4時40分ころ来店し、嫌がらせを続けている被上告人の横に立ち、「俺は関係ない。」などと言いながらにやにや笑っていたが、上告人が警察を呼んだため、2人はようやく帰った。

13  譲次は、平成3年3月24日午前5時30分ころ、自動車に乗っていた上告人に暴行を加えて加療約1週間を要する傷害を負わせ、脅迫し、車体を損壊したが、上告人の告訴により、その後罰金5万円の刑に処せられた。

14  被上告人は、平成3年1月22日に本件訴訟を提起した。他方、上告人は、同年3月に譲次に対して損害賠償請求訴訟を提起したが、右損害賠償請求訴訟については、同6年2月14日に200万円と遅延損害金の支払を命ずる上告人一部勝訴の第一審判決がされ、控訴審の同年7月28日の和解期日において200万円を毎月2万円ずつ分割して支払うことなどを内容とする和解が成立した。

二  原審は、右事実関係の下において、以下のとおり判断し、本訴請求を棄却した第一審判決を変更して、被上告人の損害賠償請求のうち110万円とこれに対する遅延損害金請求を認容した。すなわち、(1)上告人は、譲次に妻がいることを知りながら、平成2年9月20日以降譲次と肉体関係を持ったものであるところ、肉体関係を持つについて譲次からの誘惑があったことは否定できないが、上告人が拒めない程の暴力、脅迫があったわけではなく、また、被上告人と譲次との婚姻関係が破綻していたことを認めるべき証拠もないから、上告人は、被上告人に対してその被った損害を賠償すべき義務がある、(2)本訴請求が権利の濫用に当たるというべき事実関係は認めるに足りず、上告人の権利濫用の主張は理由がない、(3)右一の事実関係を考慮すると、上告人において賠償すべき被上告人の精神的損害額は100万円が相当であり、弁護士費用は10万円が相当である。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記一の事実関係によると、上告人は、譲次から婚姻を申し込まれ、これを前提に平成2年9月20日から同年11月末ころまでの間肉体関係を持ったものであるところ、上告人がその当時譲次と将来婚姻することができるものと考えたのは、同元年10月ころから頻繁に上告人の経営する居酒屋に客として来るようになった被上告人が上告人に対し、譲次が他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし、同2年9月初めころ、譲次との夫婦仲は冷めており、同3年1月には離婚するつもりである旨話したことが原因を成している上、被上告人は、同2年12月1日に譲次と上告人との右の関係を知るや、上告人に対し、慰謝料として500万円を支払うよう要求し、その後は、単に口頭で支払要求をするにとどまらず、同月3日から4日にかけての譲次の暴力による上告人に対する500万円の要求行為を利用し、同月6日ころ及び9日ころには、上告人の経営する居酒屋において、単独で又は譲次と共に嫌がらせをして500万円を要求したが、上告人がその要求に応じなかったため、本件訴訟を提起したというのであり、これらの事情を総合して勘案するときは、仮に被上告人が上告人に対してなにがしかの損害賠償請求権を有するとしても、これを行使することは、信義誠実の原則に反し権利の濫用として許されないものというべきである。

そうすると、本訴請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、右に説示したところによれば、右部分についても、被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は相当であり、被上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、民訴法408条、396条、384条1項、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 可部恒雄 千種秀夫 尾崎行信)

上告代理人○○の上告理由

第一 原判決は民法第709条に違背するものである。

一 民法第709条は、不法行為の要件として、「故意又は過失により」「他人の行為を侵害した」場合、その損害についての賠償責任を負う旨を規定している。

そして、侵害行為については、違法性の存在が必要であり、通常、侵害行為の態様としてあげられるのは、「刑罰法規違反の行為」「取締法規違反の行為」「公序良俗違反の行為」である。

本件は、刑罰法規違反、取締法規違反は存在しないので、「公序良俗違反の行為」といえるかどうかが問題となる。

「公序良俗違反の行為」といえるかどうかは、それぞれの場合に応じて具体的に、社会的に見て許容されない行為であるのかどうか判断されていかなくてはならない。

さて、本件の場合、公序良俗とされるのは何かを考えていくと、現在の法体系は、一夫一婦の法律婚制度からなっており、婚姻秩序維持という観点が必要というところではないかと考えられる。

しかし、公序良俗という観点は、いわば社会的なものであるから、モラルの変化社会的認識の変容によって、おのずと変化を遂げていくものである。

本件のような夫婦の一方と男女関係を有するに至った者の責任についても、モラルの変化、個人の自主性、独立性などにより、否定説が有力になってきているのである。

健全な家庭生活の維持育成、さらに婚姻関係の平和は重要な保護法益ではあるが、これを破壊したことの責任は、その保護法益を守ろうと契約した夫婦関係の一方当事者が負うべきであって、ただちに第三者の責任が肯定されるのはおかしいという論理である。

たしかに、第三者の責任を肯定することは、婚姻秩序の維持という名のもとに、夫婦というものが、それぞれ、一方の持ち物であるかのような結論を導きだす結果となり、時には、責任が重いはずの裏切った夫婦の一方には責任を追求せず、第三者に対してのみ責任を追求していくというおかしな現象も招いている。

第三者責任全面否定説にそのまま与することは、時期尚早としても、この観点は本件においても十分に考慮するべきである。

二 前記したような第三者責任否定説にはいかないまでも、婚姻関係にたつ当事者の責任と第三者の責任の違いについて、きちんと言及している判例も存在する。

東京高等裁判所昭和59年(ネ)第3003号事件の判決は、慰謝料請求こそ認容したものの、次のように述べている。

「不貞あるいは婚姻破綻についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあり、不貞の相手方の責任は副次的なものとみるべきである。けだし、婚姻関係の平穏は第一次的には配偶者相互間の守操義務、努力義務によって維持されるべきものであり、この義務は配偶者以外の負う婚姻秩序尊重義務とでもいうべき一般的義務とは質的に異なるからである。」

以上の指摘は正しいものであり、少なくともこの観点にたって、それぞれの事案に即して、果たして、第三者の義務違反に違法性は存在するといえるのか、丁寧な検証が必要となってくると思われる。

しかるに、原判決は、地方裁判所の判断を覆しておきながら、上告人の行為が何故100万円を支払うべき違法性をもつものなのか、その理由について、具体的に指摘もせずに結論だけを導く、杜撰きわまりないものとなっており、裁判に対する信頼すら喪失させられるような内容である。

三 以下、上告人の行為について検証していく。

1 上告人は、昭和61年4月に離婚し、その後、居酒屋「喜多やん」を切り盛りして生活し、婚姻時にもうけた一人娘との同居を念願して懸命に頑張り、女手一つで、当初は借りていた居酒屋の権利も買い取り、ローン付とはいえ、一戸建ての自宅を取得して、一人娘との同居もはたしてきた。

しかしその反面、懸命に頑張った結果として、「膵膿胞」という膵臓の病も得てしまった。その病を抱えながらも居酒屋の経営は生活を支えるために必要であるから、相変わらず頑張る毎日を過ごしていた。

平成2年9月当時、41歳の女性であった。

2 被上告人は、好きな人ができたことが理由で高校を中退し、中退後、好きな人と同棲し、妊娠して昭和59年1月に、訴外八代譲次(以下、譲次という)と結婚した。内職の経験はあるが、社会に出て職についたことはない。

被上告人が上告人を知るようになったきっかけは、譲次が被上告人を、「喜多やん」に連れていったことであった。

3 譲次は、昭和63年10月ころから、「喜多やん」に、客として顔を見せるようになり、当初は二週間に一回くらい、やがて毎週一回は客として、顔を見せていたが、平成元年10月ころから平成2年2、3月までは顔を見せなくなっていた。

実は、この「喜多やん」に譲次が顔を見せなかった平成元年10月ころから平成2年2、3月ころまでというのは、譲次の証言によると、高橋サチ子という別の女性と半同棲の状態にあった時期なのである(平成3年11月15日譲次証言調書269、270、384から390)。

そして、平成2年2月ころから約半年は、高橋サチ子の件で、被上告人と譲次の夫婦関係は、ギクシャクしたものだったということである(前記同調書15、390)。譲次はこの問題で、夫婦の間で揉めたが、離婚という話は出ていないと証言しているが、被上告人は、後記するように、「離婚」という話を上告人に対してしており、かつ、譲次が上告人を口説いたセリフの中に、「妻も別れたがっている」という言葉があるように、その当時、夫婦の仲は破綻もしくは破綻寸前であったことがうかがわれる。

4 さて、譲次が、「喜多やん」に顔を見せなくなり、前記のように高橋サチ子と半同棲の状態にあった平成元年10月ころから、被上告人が「喜多やん」に顔を見せるようになり、毎晩のようにくるようになって、一人で酒を飲みながら、譲次に女がいること、そして同棲状態であることなどの愚痴をこぼすようになり、さらに、被上告人は、パチンコをして夕食の支度ができないといって、夕食のおかずを「喜多やん」に来て買って帰るようになり、平成2年2、3月ころにはその回数が増加していた。

そして、平成2年9月初めには、上告人は被上告人の口から、「譲次との夫婦仲は冷めており、平成3年1月に兄の結婚式が終わったら離婚する」というような話を聞いた。

5 以上の事実を前提として、平成2年9月6日以後、譲次から上告人へのアプローチが開始された。

平成2年9月6日には、男女関係はなかったが、それ以降、連日のように、譲次からの口説きが行われた。

「好きだ。本気に考えているのはお前だけだ。以前から好意はあったが、打ち明ける機会がなかった。付き合って欲しい。」「妻も別れることを望んでいる。別れると言ったら妻も喜ぶだろう。」という言葉を繰り返した。

上告人は、当初、常連客の一人としてしか接していなかったが、これらの言葉の繰り返し、かつ、その当時、既に被上告人から聞いていた「離婚」の話と譲次の言葉が一致すること、そして、女手一つで頑張ってきたが、膵臓病を得て、精神的にも落ちこんでいたことから心が傾くようになっていった。

そして、平成2年9月20日、譲次は、上告人が診察を受けにいっていた桜井市所在の○○病院に仕事を早退してやってきたのである。

そして、「迎えに来て一時間も前から捜していた。気になって仕事が手に付かないから早退してきた。」と言い、車の中で、「妻とは別れる。俺と一緒になってくれ。」と話してきた。

この時は、単なる口説く文句ではなく、「結婚」という言葉が譲次から出され、なおかつ、上告人が心配している病気についても、「一緒に治して行こう。何も心配することはない、おまえは一生懸命に病気を治せばよい。」などと、病気をもって、将来を心配している人間の心に染み込んでくるような言葉を、譲次は発したのである。

前記したように、被上告人からも「離婚」という言葉を聞いていることもあわせて、上告人は、譲次との結婚を信じて、譲次と男女関係をもつに至ったのである。

6 その後、上告人と譲次との男女関係は、譲次の裏切りによって平成2年12月3日に終了するまでの間、約2ヶ月半の間継続したわけであるが、このわずかの間に、上告人は、譲次を親族に会わせ(平成2年10月10日姉鈴木良子に、同年11月3日母ヨシノに、同年11月24日姉原田京子及び吉本和子に、時期は不明確だが一人娘知可子に)、懸命になって働いて取得した自宅を手放すため不動産屋に出掛けて売買価格を決定し、知可子を一人住まいさせるために、マンションを借りてあげる手続きを取っていたり、結婚したら使用しようと、食器類を集めたりしていた。

これらの上告人の行動は、いつか譲次が離婚できたら結婚しようなどという遠い将来を目指した行動とは到底思えず、譲次の離婚そして上告人と譲次の結婚が近い時期に予定されていなければ理解できないものである。

姉原田京子の証言によれば、譲次と上告人は、「年内中に結婚する」と告げていたようであるが(平成4年10月2日付原田調書17)、上告人の準備行為は、ちようどこうした時期での入籍、同居と考えれば、納得できるのである(なお、再婚同士であり、結婚式、披露宴を行わないために、その準備をしていなくても十分納得できることである)。

7 上告人を前記準備行為に及ばせたのは、平成2年9月20日以降の譲次の言動である。

平成2年10月初めには、「妻が別れることに承知した。」「明子が○○(橿原市)で家を捜してきてそこに住むことになるので、俺たちは○△のアパートに住もう。」という言葉を発し、上告人の親族には、「結婚します」と挨拶を行っている。

前記したように、被上告人からは、「離婚する」という言葉を聞いている、そして、自分の病気の事まで気遣ってくれる譲次からは、言葉だけでなく、親族と会うという行動まで示してもらえる中で、上告人は、譲次と被上告人の夫婦関係の破綻そして早期に離婚、譲次との結婚を固く信じて、譲次との男女関係を継続させたのである。

8 以上の上告人の行為について、婚姻秩序維持義務違反をしようとする意志は感じられない。

夫婦の双方から離婚するという言葉を聞いて、夫婦関係が破綻していると固く信じた上告人に、どのような違法性が存在するというのであろうか。

まして、前記したように、第三者責任否定説、第三者副次責任説に立てばなおさらのことである。

上告人の行為は、夫婦関係が破綻した状態における、もしくは、破綻していると信じこまされた状態における男女関係であり、民法第709条が予定する違法性が存在しない行為であるか、少なくとも、違法性が阻却される行為である。

原判決は、違法性の判断において誤りをおかし、民法第709条に違背するものである。

9 さらに、被上告人において、民法第709条に規定する「損害の発生」があるのかが疑問である。地方裁判所の判決でも触れているように、被上告人は、譲次が高橋サチ子と約半年も半同棲し、かつ上告人との間にも問題を起こしていることになる譲次と離婚せず、洗濯物を依然として被上告人が譲次分までして同居していた事実(この事実を指摘して以降は、一応、譲次が友人の元に身を寄せているようであるが、これも真実かどうか疑問である)、夫婦と子供連れで何度もパチンコにでかけている事実、控訴審の中の譲次の証言でもでてきている夫婦そろって出掛けている事実などを総合考慮すると、被上告人は、奇妙な事に既に譲次を免罪しているかのように見受けられる。

婚姻秩序維持義務違反を犯して、主たる責任を負担している譲次を免罪している状態の被上告人において、「損害が発生」しているとは言えないと考えられる。

この点においても、原判決は民法第709条に違背するものと考える。

第二 原判決は、民法第1条3項に違背するものである。

一 民法第1条3項は、権判の濫用について規定する。

権利を有する者であってもその権利の濫用は許されないとするものである。

被上告人は、上告人に対し、前記のように、「離婚する」旨の話をして、譲次との結婚生活が破綻していると思わせる一助を作ったという責任があるうえに、前記したように、奇妙な事に、既に譲次については免罪していると思われる行動を取っている。

二 こうした被上告人の行動は、仮に被上告人において、上告人に対して慰藉料を請求する権利が存在したとしても、権利を行使することが濫用となる事実を形成しているものと考える。

三 原判決は、証拠上、権利の濫用を示す証拠がないとしているが、事実認定については、地方裁判所の認定をそのまま前提としているのであるから、十分その証拠を見付け出すことができたはずである。

原判決は、民法第1条3項に違背するものである。

第三 付言するに、譲次は慰藉料の支払いの和解を成立させたものの、遅れながらわずか二回の和解金の支払いをしただけ、譲次の代理人を通じての催促にも応じず、上告人の強制執行(給料差押)に対しても職場を辞めるというかたちで対抗し、現在では何らの連絡も、もちろん和解金の支払いもない。

不誠実きわまりない態度である。

不誠実な人間が逃げ、人間の言葉を信じて行動してきた上告人だけが辛い思いをしなくても済むように、最高裁判所の人間味ある誠実な判断を仰ぐ次第である。

以上

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